2026年3月-Vol.358
  • 概要
  • 国内債券
  • 国内株式
  • 外国債券
  • 外国株式
  • 為替動向
  • 虫眼鏡

主なポイント

18日は春闘の集中回答日です。昨年は、連合の集計で+5.25%と2024年の+5.10%に続き5%以上の賃上げ率となりました。今年の要求は昨年と同じ5%以上としていますが、既に大手自動車メーカーなどで満額回答が相次いでいます。インフレの伸びがやや鈍化するなか、これまでマイナスであった実質賃金がプラスに転じるか、企業の回答が注目されます。
今月の主なポイントは以下の通りです。

3/17 (米)FOMC(連邦公開市場委員会)(18日まで)・・・現状維持が見込まれる
3/18 (日)春闘集中回答日・・・上記参照
3/18 (日)金融政策決定会合(19日まで)・・・現状維持が見込まれる
3/19 (欧)ECB(欧州中央銀行)理事会・・・現状維持が見込まれる
3/19 (英)金融政策委員会・・・現状維持が見込まれる

市場見通し

国内債券

長期金利は、物価の上振れリスクの高まりなどを踏まえ、日銀が利上げ継続の姿勢を維持することなどから上昇すると予想する。

国内株式

米国の関税政策による影響も一巡し、来年度二桁増益への期待が高まる企業業績と高配当株の物色を下支えに、株価上昇を予想する。

海外債券

<米国>FRB(連邦準備理事会)の金融政策は利下げ局面が続くと想定しているものの、米国景気が底堅く推移することにより、そのペースは緩やかなものになると見込まれることから、金利は横ばいでの推移を予想する。

<欧州>ドイツの景気回復が想定以上に力強さに欠ける展開が続いていることや、米金利の横ばい推移を予想していることなどから、金利は横ばいでの推移を予想する。

海外株式

<米国>半導体などのAI関連投資への継続や生産性向上を背景に業績拡大を見込むものの、AIの収益化に応じた選別投資が進むなか、一進一退の展開を予想する。

<欧州>ユーロ高には留意する必要があるものの、ハイテク企業から幅広いセクターへの資金流入や相対的な割安感などを背景に小幅な上昇を予想する。

為替市場

日米の金利差縮小により円が買われる場面も想定されるものの、貿易構造による円安圧力がかかり続けると見込まれることなどから、ドルは対円で小幅上昇を予想する。欧米ともに金利は方向感に乏しい展開を見込んでおり、ユーロは対ドルで横ばいでの推移を予想する。

現金給与額(前年比)
出所: 厚生労働省

国内債券

2月の国内債券市場

指標銘柄/新発10年国債

2月の国内長期金利は、米金利や超長期金利に連動して低下し、月末は2.110%で終了した。

国内長期金利は、8日の衆議院選挙で自民党が大勝したことを受け、財政規律を意識した政権運営への期待などで超長期ゾーンの金利が急低下したことや、米金利の低下などを受けて、2.105%に低下した。その後は、今後任期満了を迎える日銀の審議委員の後任にリフレ派の学者が選ばれたことなどでやや上昇し、月末は2.110%で終了した。

イールドカーブについては、衆議院選挙で自民党が大勝し、財政規律を意識した政権運営への期待などから、1月に超長期ゾーンを中心に金利が急上昇した動きが巻き戻され、フラット化した。信用スプレッドは、横ばいとなった。

3月の国内債券市場

3月の国内長期金利は、物価の上振れリスクの高まりなどを踏まえ、日銀が利上げ継続の姿勢を維持することなどから上昇すると予想する。3月の債券市場のポイントは、①日銀の動向、②国内債券市場の需給動向、③米国金利動向と考える。

①<日銀の動向>2月の日銀の高田委員、田村委員、増委員の挨拶・講演では、各委員が物価上振れリスクに対する懸念を強めている様子が窺えた。また、植田総裁は24日のインタビューで、4月1日の短観を待たないと情報を得られないわけではないと述べるなど、日銀が3~4月会合で追加利上げを行う可能性に含みを持たせた。3月は2日に氷見野副総裁挨拶、3日に植田総裁挨拶が予定されており、総裁・副総裁の発言を受けて日銀の追加利上げ観測が変化し、金利の変動幅が大きくなることが考えられる。

②<国内債券市場の需給動向>3月の国債入札スケジュールとしては、10年債(3日)、30年債(5日)、5年債(11日)、20年債(17日)、40年債(24日)、2年債(31日)などが予定されている。2月に超長期ゾーンを中心に金利が低下したため、2月に比べて低い金利水準での入札となるなか、政府が今後任期満了を迎える日銀の審議委員の後任としてリフレ派の学者を選出したことで、投資家の拡張的な財政政策への警戒感が再び強まる可能性もあり、入札の結果を受けて金利の変動幅が大きくなることが考えられる。

③<米国金利動向>1月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事要旨では、インフレ率が中銀目標を上回ったままであれば利上げが必要になる可能性を示唆したメンバーが複数いたことが明らかとなった。市場は2月末時点でFRB(連邦準備理事会)が年内2回程度の利下げを行うことを想定しているが、FRBのインフレへの警戒が続くなか、特にCPI(消費者物価指数)などのインフレ関連指標の結果を受けたFRBの金融政策予想の変化や、中東情勢の緊迫化によって米国長期金利の変動幅が大きくなり、国内金利に波及することには注意が必要である。

イールドカーブは、上方シフトすると予想する。信用スプレッドは、横ばいを予想する。

国内株式

2月の国内株式市場

日経平均株価225種 東証株価指数(TOPIX)

2月の国内株式市場は、利益確定およびソフトウェア関連株の下落から上値が抑えられる局面はあったものの、衆議院選挙での与党圧勝と日米の好調な企業業績を背景に高値を更新し、日経平均株価で10.37%の大幅な上昇となった。

月初は、米国の堅調な経済指標や半導体株高の流れに加え、国内では衆議院選挙における与党優勢の報道等を受け上昇した。その後、自民党が単独で3分の2を超える議席を獲得し与党が圧勝すると、政権の安定と成長戦略への期待が高まり、日経平均株価は58,000円台に乗せるなどの大幅な上昇となった。また、10-12月期決算においても外需関連企業を中心とした上方修正が相次ぐなど、好調な企業業績も追い風となった。

下旬にかけては、衆議院選挙後の急騰に対する利益確定売りと、米国発のAIにより既存ソフトウェア企業のビジネスモデルが崩れるとの懸念、いわゆる「SaaSの死」が日本市場にも波及し、ソフトウェア関連株を中心に下落した。しかし、米国市場でのAIインフラ投資の拡大を見越した買いや日銀審議委員の候補者が利上げに慎重な姿勢と伝わったことで円安が進み、輸出関連株を中心に幅広い銘柄が買われ、月末にかけて連日高値を更新する展開となった。

業種別には、非鉄金属、不動産、ガラス・土石などが上昇し、サービス、情報・通信が下落した。

3月の国内株式市場

これまでの株価上昇から短期的に売りの出やすい展開も想定されるが、米国の関税政策による影響も一巡し、来年度二桁増益への期待が高まる企業業績と高配当株の物色を下支えに、株価上昇を予想する。

年間を通じて株価上昇が継続した反動や衆議院選挙での与党圧勝を受けて市場の過熱感が強まったこともあり、高値警戒感から機関投資家を中心に利益確定や期末の持高調整売りが出やすい状況にある。

しかし、今年度の株価の重石となっていた米国の関税政策を巡る影響は、交渉の進展や株式市場の織り込みによって一巡しつつある。代わって、焦点となる2026年度の企業業績は二桁増益と高い増益率が予想され、企業の稼ぐ力が再評価されるなか、輸出関連株を中心とした株価の出遅れ修正が期待され、底堅く推移すると予想する。また、期末の配当権利取りに向けた高配当株の物色も下値を支えよう。

一方、「SaaSの死」への懸念で大幅に調整したソフトウェア関連株は、中長期的にはAI活用の具体策を示す銘柄から見直され、買い戻しが進むだろうとみているが、当面は方向感の出にくい状況が継続すると考える。

リスク要因としては、米国およびイスラエルによるイランへの軍事行動を受け、地政学リスクが深刻な局面を迎えている点である。イラン側の報復措置やテロの頻発によって事態が泥沼化した場合、投資家心理の冷え込みから急速なリスクオフが避けられず、特に国内株式市場は日経平均株価で6万円目前と史上最高値圏で推移し、割高感も意識されている水準にあることから、その反動による大幅な調整が懸念されよう。

外国債券

2月の米国債券市場

米10年国債

2月の米国の長期金利は、CPI(消費者物価指数)が予想を下回ったことや、米国の株式市場が調整色を強めたことなどを受けて、FRB(連邦準備理事会)の利下げ観測が高まったことから、低下した。

月初、新規失業保険申請件数が増加したことや、米国の株式市場が下落基調となったことで、低下基調となった。中旬、CPIが予想を下回ったことや、株式市場が下落幅を拡大したことで、さらに低下する展開となった。月末にかけては、中東情勢の緊迫化も低下要因となり、月末は3.9%台半ばとなった。

イールドカーブは、インフレ懸念が後退するなか、フラット化した。

2月の欧州債券市場

ドイツ10年国債

2月の欧州(ドイツ)の長期金利は米国の長期金利が低下したことなどからドイツの長期金利にも下押し圧力がかかり、低下した。

月初、目新しい材料が乏しいなか、軟調な株式市場を受けて米国の長期金利が低下傾向になると、ドイツの長期金利にも低下圧力がかかった。中旬、選挙後に日本の長期金利が低下したことも低下要因となった。月末にかけては、中東情勢の緊迫化などを受けて低下幅を拡大し、月末は2.6%台半ばとなった。

ドイツ国債のイールドカーブは、フラット化した。周辺国国債とドイツ国債の利回り差は、各国の財政状況に影響を与える材料に乏しいなか、横ばい圏での推移となった。

3月の米国債券市場

3月の米国の長期金利は、FRBの金融政策は利下げ局面が続くと想定しているものの、米国景気が底堅く推移することにより、そのペースは緩やかなものになると見込まれることから、横ばいでの推移を予想する。中東情勢の緊迫化に伴い、金利の変動幅が大きくなることには注意が必要である。

3月の欧州債券市場

3月の欧州(ドイツ)の長期金利は、米金利の横ばい推移を予想していることや、ドイツの景気回復が想定以上に力強さに欠ける展開が続いていることなどから、横ばいでの推移を予想する。ECB(欧州中央銀行)が量的引き締めを継続しているものの、国によって財政状況や格付けの見通しに差異が生じており、周辺国の対ドイツ国債スプレッドは国によって異なる動きになると予想する。

外国株式

2月の米国株式市場

米国S&P500指数 ダウ工業株30種平均

2月の米国株式市場は、S&P500指数で0.87%の下落となった。米経済指標が概ね堅調だったことで、市場が期待していた利下げ観測が後退するなか、AIが既存のソフトウェア企業のビジネスを代替するとの懸念から、主要関連銘柄が大きく調整した。その影響は他のセクターへも波及し、投資家心理を悪化させた。また、月末にかけては、米国とイランの緊張が一段と高まったことでリスクオフの動きが加わり、指数の押し下げ要因となった。セクターでは、公益事業、エネルギー、素材などが上昇する一方、一般消費財・サービス、コミュニケーション・サービス、情報技術などが下落した。

2月の欧州株式市場

ドイツDAX指数 イギリスFT-SE(100種)指数

2月の欧州株式市場は上昇した。米国市場と同様にAIが既存のソフトウェア企業のビジネスを代替するとの懸念から、相対的に割安感のある欧州市場への資金流入が継続したことで米国市場をアウトパフォームした。国別では、ノルウェー、英国、スウェーデンなどが上昇し、デンマーク、オーストリア、アイルランドが下落した。セクターでは、不動産、コミュニケーション・サービス、生活必需品などを中心に上昇し、金融のみが下落した。

2月の香港株式市場

香港ハンセン指数

2月の香港株式市場は下落した。米国の利下げ観測が後退するなか、米国市場と同様にAIが既存のソフトウェア企業のビジネスを代替するとの懸念から、市場のセンチメントは悪化した。中旬には、春節による中国市場の休場を前に投資家のポジション整理の売りが活発化、その後も上値の重い展開となった。国別では、韓国、タイ、台湾などが上昇し、中国、マレーシア、インドネシアが下落した。セクターでは、情報技術、資本財・サービス、素材などが上昇し、コミュニケーション・サービス、一般消費財・サービスが下落した。

3月の米国株式市場

3月の米国株式市場は、横ばいを予想する。米国経済は、FRB(連邦準備理事会)によるこれまでの利下げ効果の浸透や減税政策などの政策支援を背景に底堅く推移し、半導体などのAI関連投資への継続や生産性向上を背景に業績拡大を見込むものの、AIの収益化に応じた選別投資が進むなか、一進一退の展開を予想する。

3月の欧州株式市場

3月の欧州株式市場は、小幅な上昇を予想する。欧州域内経済は、ECB(欧州中央銀行)によるこれまでの利下げ効果のほか、財政拡張政策が景気を下支えし、底堅い推移を見込んでいる。ユーロ高には留意する必要があるものの、ハイテク企業から幅広いセクターへの資金流入や相対的な割安感などを背景に小幅な上昇を予想する。

3月の香港株式市場

3月の香港株式市場は、小幅な上昇を予想する。中国経済は、回復に時間を要しているものの、政府が景気の安定化を図る姿勢を見せており、財政支援策への期待が残るほか、米中の金融当局による緩和的な金融政策に支えられると見込んでいる。また、半導体などのAI関連投資の継続などから業績拡大が期待され、小幅な上昇を予想する。

為替動向

2月のドル/円相場

為替(ドル/円)

2月のドル/円相場は、日銀の利上げ観測の後退などから上昇した。

月初、一時157円台後半まで上昇したが、衆議院選挙後、高市首相が消費税減税の財源として赤字国債を前提としないと発言すると、財政悪化懸念が和らぎ、152円台半ばまで下落した。その後は日本の10-12月期GDP速報値が予想を下回り、日銀の利上げ観測が後退したことなどから上昇に転じ、月末は156円台前半となった。

2月のユーロ/ドル相場

為替(ドル/ユーロ)

2月のユーロ/ドル相場は、株式市場が調整色を強めたことや、中東情勢の緊迫化からドルが買われる展開となったことでユーロが下落し、月末は1.18ドル程度となった。

2月のユーロ/円相場

為替(ユーロ/円)

2月のユーロ/円相場は、ユーロ高円安となった。ドルに対して円は下落、ユーロは上昇したことから、ユーロ高円安となり、月末は184円台前半となった。

3月のドル/円相場

3月のドル/円相場は、日米の金利差縮小により円が買われる場面も想定されるものの、貿易構造による円安圧力がかかり続けると見込まれることなどから、ドル/円は小幅上昇を予想する。中東情勢の緊迫化に伴い変動幅が大きくなることには注意が必要である。

3月のユーロ/ドル相場

3月のユーロ/ドル相場は、欧米ともに金利は方向感に乏しい展開を見込んでおり、横ばいでの推移を予想する。

3月のユーロ/円相場

3月のユーロ/円相場は、上昇を予想する。ドルは円に対して上昇し、ユーロに対して横ばいを見込むため、ユーロ/円は上昇を予想する。

虫眼鏡

その意思決定はあなた自身のものですか

「今日のランチは何を食べようか」、「このプロジェクトはA案で行くか、B案か」、「今回の選挙は誰に投票しようか」など大から小まで、私達は毎日、数多くの意思決定を行っています。判断の是非はともかく、少なくとも自分自身で決定したと誰もが感じていることでしょう。しかし、本当にそう言い切れるのでしょうか。

私達の意思決定システムは大雑把に言うと、直観などに依存した「システム1」と熟考をベースにした「システム2」の2種類に分けられます。「システム1」は無意識のうちに超高速で答えを出し、エネルギー消費量も極めて少ないという優れものです。日常生活の大概は「システム1」の判断で事足りると思われます。他方、「システム2」は入力された情報を様々な記憶と照合し、じっくり考えて判断します。大量にエネルギーを使いますし、回答までに時間を要しますが、合理的な判断となる可能性が高いものです。例を挙げると、自然と答えが出てくる ”2×3” の計算は「システム1」の領域、考えないと答えられない ”69×37” の計算は「システム2」といった具合でしょうか。

意思決定のプロセスは、「システム1」の回答を「システム2」が吟味して最終決断を下すという形になっています。誰もが自分自身で意思決定したと感じるのは ”熟考” の「システム2」を必ず経由しているからでしょう。しかし、「システム2」は大量のエネルギーを消費するうえ容量も限定的なため、稼働は必要最小限に抑えられており、実は「システム1」の回答を安易に承認するケースが非常に多いようです。

その「システム1」は多くの優れた面を持つ一方で欠点も抱えています。特に、現実の捉え方については注意が必要です。「システム1」は、 記憶から取り出しやすい情報や目の前に見えている事象を都合良く組み合わせて一貫したストーリーを作り上げ、シンプルで解り易い世界観を提供します。そのお陰で私達はこの複雑な世界の中でも精神の安定を保てている訳ですが、やはり現実の世界は無数の因果関係で動いているため、必ず歪みが発生します。また、「システム1」の判断には危険や損失を必要以上に嫌うといった太古の時代に生存のために必須であったと思われるバイアスが依然として強く影響しています。

これらが、本来の自分(「 システム2」 ) であれば選択しない筈の非合理的な決定を導く背景になっています。

こうした歪みや非合理性を観察できる場として株式市場は絶好の場でしょう。株価変動の8割は市場参加者がその銘柄を「どれくらい好きか」に依存するという考え方があります。すなわち株価というのは企業が生み出す利益を基準にしてその価値を合理的に見積もっているのではなく、市場での「人気度」が動かしているというのです。これに関してはウォーレン・バフェットの師であるベンジャミン・グレアムが、株式市場を情緒不安定な「ミスターマーケット」と名付け、短期的には投票機にすぎないと述べていますので、それほど違和感のある考え方ではないでしょう。

この原因は多くの市場参加者の意思決定が「システム1」の影響を強く受けていることにありそうです。「システム1」にとって大事なのはストーリーです。たやすく頭に思い浮かぶ事例で因果関係を見繕い、見事なストーリーを紡ぐのですが、「システム1」が提示する世界は本当の世界を極端に単純化してしまっていることから、多 くのケースで誤った結論に至ります。現代ファイナンス論の元祖であるフランスの数学者ルイ・バシュリエは株価の動きを「まったくデタラメな動きが連なって形成されている」と言い、希代の投機家と称されるジョージ・ソロスは「コンセンサスは必ず間違う」と指摘しています。

実際、驚異的な収益率を記録し続けたジェームズ・シモンズの運用会社は、こうした人間の判断を徹底的に排除して銘柄間の価格の変動にのみ注目。因果関係を深く追求することなく、単に統計的に有意であるという事象を見つけ出して「買い」と「売り」を組み合わせた取引を超高頻度で行うことで、僅かな優位性 (勝率は50%をコンマ数ポイント上回る程度) を大量に積み上げ、莫大な利益を獲得していたと言われています。

短期の株式市場は価値を反映する世界とは別世界であり、ある意味、「システム1」が不確かな因果関係で作り上げたバーチャル世界といえるのかもしれません。

ストーリーを紡ぐために、因果関係を見付けたがるバイアスが強くかかっている私達の頭は、ジェームズ・シモンズのように「ただの統計」をうまく扱えません。彼の運用会社は数学者、物理学者、天文学者といった選りすぐりの「理系」頭脳で構成されており、私の様な「文系頭」では真似することすら絶望的ですが、そう悲観することもありません。

ナレッジを蓄積することで「システム1」の性能を高めることが、ある程度可能と考えられるためです。近年、経営学では「直感の優位性」が議論されています。優れた経営者の「直感」や「閃き」が会社を大きく成長させた事例が散見されるためです。実際には運の要素も大きいと思われますが、確かに不確実な未来に対して凄まじい「直感」を見せつける経営者は存在します。彼らの共通項は「システム1」で使用する情報の 厚みではないかと思われます。適切な経験や学習によって、並外れて分厚く良質な情報が蓄積されていることから、因果関係を見繕う際に使う事例が豊富であり、より現実に即したストーリーを構築することに秀でているのではないでしょうか。

当然、優れた経営者と私の様な凡人を同列で論じることに無理はありますが、「三人寄れば文殊の知恵」という諺にあるとおり、「組織」として取り組めば不可能では無いでしょう。そこでは優れた経営者の幅広く分厚い情報を皆で分担して蓄積する訳ですから、組織を構成するメンバーが様々な形のナレッジを保管できる多種多様の倉庫であることが重要です。組織にとって「ダイバシティ」の必要性が叫ばれる本質はここにあるのでしょう。

最後に前述のベンジャミン・グレアムの言葉の後半部分も記しておきたいと思います。

「短期的には株式市場は投票機にすぎないが、長期的には計量器である」

株式市場は何を計量するのでしょうか。言うまでも無く企業の価値です。人気投票を勝ち抜くにはスーパーコンピューターの力を借りて「単なる統計」を極限まで駆使する必要がありそうですが、持続的な成果には「計量器」、言い換えればナレッジに裏付けられた意思決定力(判断力)を磨き上げることが鍵であると言っているように思えてなりません。

生成AIが世界の在り方を変えようとするなか、株式市場以外でもあらゆる場面で意思決定力が重要になると思われます。経営学の権威であるジェイ・B・バーニーは、生成AIの単なる導入は企業の競争優位にはつながらないと述べています。パソコンやインターネットと同様に全ての企業が導入するからです。生成AIを使って価値創造を導く「意思決定力」こそが差別化要因 と言えるのでしょう。今のうちに「システム1」をうまく手懐けて、意思決定を自分の手に取り戻しておきたいものです。

■参考文献
ダニエル・カーネマン
 『ファスト&スロー』『NOISE』
ジョージ・ソロス   
 『ソロスは警告する』『ソロスの錬金術』
田渕 直也 
 『ファイナンス理論全史』
グレコリー・ザッカーマン 
 『最も賢い億万長者』
ベンジャミン・グレアム 
 『賢明なる投資家』
ダニエル・ラスムッセン 
 『謙虚なるコントラリアン投資家』
ジェレミー・シーゲル 
 『株式投資』『株式投資の未来』
ジョン・C・ボーグル 
 『インデックス投資は勝者のゲーム』
ジェイムズ・O・ウェザーオール 
 『ウォール街の物理学者』
入山 章栄 
 『世界標準の経営理論』
DIAMONDOハーバート・ビジネス・レビュー